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猫猫先生の10月4日の日記で「ネットを頻繁に用いているのは、大学院生が中心だ。つまりインテリ及び亜インテリ」と書いているのだが、これは観測範囲に誤りがあるでしょう。はてなブックマーク界隈あたりにはまったく浮上してこない、猫猫先生の分類だとまさしく「庶民レベル」のブログ階層というのがもう何年も前から確立していて、その階層はその階層で循環している。ブログ検索で試しに「沢尻エリカ」あたりで検索して適当なブログを開くと、まさしく「庶民レベル」の簡単なコメントしか書いていないブログに数十のトラックバックがついていて、それを辿るとどれも似たりよったりという姿が見れるはず。「とりあえず何か一言言いたい」という一応能動的な欲望を満たすための装置としてブログは手ごろなので、そうした人たちが互いにうなずきあうようにトラックバックをしているというわけだ。ワイドショーの補完装置としてこの層にブログはすっかり定着してしまった。


猫猫先生でもうひとつ。けっこう前に猫猫先生要するに、「低学歴臭」が漂っているのだと書いた記事に「学歴差別」という反発がけっこうあったんだが、あれ、俺個人的には猫猫先生が言わんとするニュアンスに納得できるだけに反発の多さに驚いた。それだけ学歴ってタブーなんだなと。俺は自身がドロップアウトした身だから体感としてわかるんだが、マクロな傾向として学校によるメンタリティの違いってのは確実に存在する。自意識の発露の仕方にしてもそうだし。色んなクラスターを渡り歩くことで、「ああ、なるほどこの世界だとそういうもんなんだ」みたいなのをいっぱい見ることができて、それを俺は面白いなと思っているんだが、うわべの「学歴差別はいけない」という態度によってそうした違いを隠蔽してメンタリティの差異を全て個人の資質に還元するというのはどこか気持ち悪いと思った。別に低学歴が悪いって言ってるわけでもないのにね。まあ、俺自身もこれを書けるのは「俺は高卒ですから」という安全ポジションを確保した上でのことなのでその意味では若干卑怯な立ち位置を確保していることへの羞恥心はある。


しかしまあ、表面的な「学歴差別」的物言いに敏感に反応してしまう人こそ、自分のメンタリティに刻まれた学歴という楔と向き合ってみるのもいいんじゃないかと思うけどね。大きなお世話か。