不幸

中高の同期が亡くなった。俺は葬式には行かなかったが、昨日告別式だったらしいので、今頃はその身体もなくなり骨となって骨壺の中に納まってしまったのだろう。


日曜日に友達から留守電が吹き込まれていて、妙にかしこまった口調で「××のことなんだけど…聞いているでしょうか?」とだけ入っていたのでこれはきっとそういう話なんだろうと思いつつ電話を折り返したらやはりその通りだった。「亡くなったんだよね」という言葉を聞いた瞬間、言い方は悪いけれど少しすっきりした心持ちで「まあそういうことなんだろうなとは思ったよ」と口をついた。


なにぶんうちの学校は大所帯だったからこういう話も少しずつ増えてくるだろうとは昔からずっと思っていて、それほどの驚きはなかった。むしろうちの代はみんなよく死なないなと思ってしまうくらいだった。ひどい言い方だが。まあ、今でも連絡を取り合っている友達がほとんどいないからちゃんと伝わってきていないだけで、実際は他にも亡くなった人が一人か二人いるらしいのだが、友達もそのことを人づてで曖昧にしか知らないというのはつまり交流の薄い繋がりだったということなので、聞いてもあまりピンとこなかった。


今回亡くなった同期とは仲がよかったとはとても言えず、それどころか中学のときに数回にわたり殴り合いの喧嘩をするくらい仲が悪かったのだが、喧嘩をするだけの縁はあったわけで、いざ亡くなったと聞くとどうにも神妙な気持ちになってしまう。哀しいというわけでもないし、「そうか、あいつが死んでしまったのか」としか言えない心地だが、どうにもおさまりが悪い気持ちばかりが残る。


詳しいことはわからないが、同期の間で伝わっている話では過労死ということだった。もちろんそれは直接の死因とは言えない。直接の死因はわからず、ただ過労死という言葉が飛び回るのも何だか奇妙な話で、それがいっそうおさまりを悪くしているように感じる。連絡してきた友達は亡くなった彼と同業ということもあって余計に腑に落ちないという感じの何とも言い難い口調だった。別の友達を経由して伝わってきた話だと、一昨年あたりの同窓会で「死ぬほど忙しい」と言っていたらしいが、しかし、「死ぬほど忙しい」と「忙しくて死ぬ」の間には天と地ほどの開きがあるよなあ。それともやはりそこは地続きなのだろうか。




同窓会は好きじゃないので葬式には行かなかったが、そう遠くないうちに友達と一緒に線香の一本でも上げに行けたらいいと思う。