雪道

週末はいつも生活が不規則になる。次の日仕事がないのをいいことに夜を明かし、倒れそうなほど眠くなってから爆睡。目を覚ますともう次の日の夜中。そして暗がりの中光るPCのモニターに目をやる。時刻は午前三時。寝起きのせいか、それとも冬が近いせいか、とても寒い。布団をかぶって寒さをしのぎ、まだ半分眠ったままのぼんやりとした頭でデスクトップをうつろに眺める。とりあえず定期巡回でもしようか、そんなことを思っていると、見覚えのない圧縮ファイルがふと目にとまった。
 
"snow.lzh"
 
いつ落としたファイルだろうか。思い出そうとしたが記憶にない。googleで検索をかけてみたが、雪を降らせるスクリーンセーバーなんてものくらいしか引っかからない。そして、そんなものを落とすわけもない。プロパティを見ると、2005年11月3日。まだ新しい。何だろう。気になる。セキュリティのことを考えたら素直に削除するのが正しいことはわかっていた。けれども、どうしても気になる。万が一トロージャンかなにかだったら―そんな不安を抱きつつも好奇心に負けてファイルを解凍してみた。そこにはexeファイルがあった。迷わず起動した。
 
"雪道"
 
起動した画面にはそう書かれていた。どうやらゲームみたいだ。しんしんと雪が降り続く道を歩く。歩く。歩く。ひたすら。歩く。襲いかかってくる得体の知れないものたちに殺されないように鍛えながら、どこまでも、歩く。俺は昔こんな道を歩いたことがある―遠い記憶が静かによみがえってきた。

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その頃の俺は、生きることがつらかった。死にたいと思ってはるか遠くの街へ向かった。親しくもない友達―それを友達と呼ぶのかわからないが、俺には親しい友達なんていなかったし、彼らのくくりは一応"友達"だった―の家に押しかけて泊めてもらい、その友達のさらに友達と、初対面で話すにはあまりにふさわしくない抽象的で観念的な話をし、そしてまた別の場所へと向かっていった。
 
新潟から日本海沿いに北へと向かう特急に乗り、その日の目的地である青森についた。特に用事はなかった。単に電車の関係でそこについただけだった。
 
何月だっただろう、そこはすでに雪に覆われていて、冬のさなかにあった。俺は駅を出ると、あてもなく一番大きな通りを歩き、どこか泊まれる場所を探していた。
 
何を考えていたのか、正確なことはもう思い出せない。死にたいと思っていたこと、それと同時に全てを殺したいと思っていたこと、それはかすかな事実の認識として思い出されるだけで、そのときに抱いていた感情のほとばしる感触はどこかに消えてしまった。ただ、かすかな痛みだけを残して。
 
雪道はまっすぐ続いていた。少し歩くと街灯もまばらになり、その先に目指すものは何もないように見えた。それでもかまわず歩き続けた。一度進んだ道は引き返したらならないとばかりにひたすら歩いた。やがて道も細くなり、ときたま通りすぎる車の光が地面を真っ白に照らした。俺はそれを見て、きれいだ、とだけ思った。
 
それから先のことは覚えていない。たぶんどこかに泊まったんだろう。今こうしているように、俺は死なずにいる。時間は今も動いている。もしかするとこの記憶も夢なのかもしれない。それでも、あのときもしひとつの選択をしていたならば、そう考えると、ここにいることが奇跡であるかのようにすら思えてしまうのだが。

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ゲームは佳境を迎えていた。食事も取らずに遊び続け、窓からは光が差していた。モニターの中にいる自分は記憶を少しずつ取り戻し、そして最後の道を歩いていた。やがて目的の場所にたどりつき、そこにいる倒すべき敵を倒した。目的は達せられ、世界は望むべき姿へと変わった。高揚感と、少しの感傷を覚えながら終わりを見続けた。そう、目的が達成されて、終わってしまった。また繰り返すことはできるけれど、これでまたひとつ終わってしまったのだ。
 
そして、もう一度あの雪道を思い出した。あのとき歩いていたきれいな白い道は、今もまだ続いていることを。まだ目的は達成されていない。だって、俺はこうして生きているのだから。